バーチャルサラウンドは、複数チャンネルの音声トラックのソフトを少ないスピーカ数(ステレオ2chなど)で 仮想的に複数スピーカで再生した時に聞こえるような音響空間を視聴者の聴覚に実現する技術です。
家庭で楽しむことができるサラウンド音声に対応した映像・音楽ソフトとAV再生システムは、DVDや地上デジタル放送の普及に伴い身近で手ごろな存在になりましたが、本格的な5.1ch、7.1ch、9.1chなど多チャンネルのホームシアターシステムに必要な多数のサラウンドスピーカを設置することは、日本の家庭事情では困難な場合も少なくありません。
実際の空間に多数のスピーカを配置して音場を形成することが困難な場合や、ヘッドホン(2ch)でもサラウンドのような立体的な音響を楽しみたいことに対する解決方法として、仮想的に音響空間を作り出そうというアイデアが生まれました。
人の聴覚を考える時、空間上の音源の位置や伝わり方は違っても、鼓膜で捕らえられる振動が同じであれば、同じ音に聞こえるはずです。 このことは、音の再生方法が違っても、両耳に到着した時点でサラウンドで聞いている時と同じ音波になっていれば、同じ音響空間が再現されることを意味します。
仮想的に立体音響を再現するには、両耳の時点で同じ音波にさえすればよいことは、簡単に理解できますが、 後方のサラウンドスピーカから出力される信号をフロントの左右にミックス出力したらサラウンド音声は、前方から聞こえるだけです(当然ですね)。
立体的な配置で再生した場合と信号のミックス再生は何が違うのでしょうか?
両耳に到達する音は到来方向、距離によって、両耳の間のレベル差、時間差、周波数特性が異なっています。
例として音源が右前方30度と右後方120度の場合の両耳のインパルス応答と周波数特性を示します。
右前方30度と右後方120度では特性が異なっていることが分かります。
両耳に到達する音はこのように音源の方向によって固有の特性を持っています。
人はこの音源の方向による特性の違いを手掛かりとして音の方向や距離を知覚しています。
ヘッドホンで音を聴く場合、左のヘッドホンの再生音は左耳だけ、右のヘッドホンの再生音は右耳だけに到達します。
一方、スピーカ再生で音を聴く場合は、左スピーカの再生音は左耳と共に右耳にも到達し、また右スピーカの再生音は右耳 と共に左耳にも到達します。これを両耳間のクロストークと呼びます。
バーチャル(仮想)化の基本的な方法は、モノラル信号のバイノーラル化と クロストークキャンセル処理により構成されます。
サラウンドRch信号のバイノーラル化は、サラウンドRchのスピーカ位置と両耳との頭部伝達関数(HRTF)を サラウンドRch信号に畳み込むことにより行います。
畳み込みによって得られた左耳用信号と右耳用信号をスピーカで再生すると左スピーカから右耳、右スピーカから左耳に到達するクロストークが発生します。
バイノーラル化した左信号は左耳だけに、右信号は右耳だけに到達させる必要がありますので、 バイノーラル化の次にクロストークをキャンセル(打ち消す)する処理を行います。
このようにSRchの信号を処理して前方の2つのスピーカから再生すれば、リスナーに対してはSRchのスピーカから到達する音波と 等価な信号が両耳に届くことになるので「後方右」からの音として認識されます。
全ての再生chの信号を同様に処理することで、前方2つのスピーカ(ヘッドホン)でサラウンドの音場を仮想的に実現することができます。
バーチャルサラウンドはサラウンドを手軽に楽しめる方法ですが、聴取位置が前方2つのスピーカの中央付近に限定される、 響きの多いライブな部屋では効果が低下する、聴く人によって効果に差がある等の問題があります。
この問題は次の要因と考えられます。
リスナーの位置で動的に制御することが出来れば、効果が低下する諸問題を改善できる可能性があります。
[1] fig.1〜3のインパルス応答データはMIT Media Laboratoryが公開しているデータを利用しています。 インパルス応答データについてはリンク先を参照ください。
HRTF Measurements of a KEMAR Dummy-Head Microphone
Copyright 1994 by the MIT Media Laboratory
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