エコーキャンセラーとは、携帯電話や固定電話のハンズフリー使用やインターネットによるWeb会議システムで使われているスピーカとマイクロホンを利用した双方向通信では音響エコーを抑制、除去する機能です。 エコーキャンセラの方式には、通信回線の特性などに合わせて複数の方式がありますが、ここでは、適応フィルタを用いた音響エコーの信号処理で抑制する場合について記します。
このようなスピーカとマイクを使用した通話拡声系を利用したときに自分がしゃべった声がスピーカからエコーのように聞こえる経験をされたことがないでしょうか?
この現象は音響エコーと呼ばれています。
上図の話者Aが発話した「もしもし」という音声はマイクで収音され話者B側へ伝送されてスピーカから再生されます。 話者Bのスピーカされた話者Aの音声はマイクで収音され、話者A側に伝送されてスピーカから再生されてしまいます。
自分のしゃべった音声が少し遅れてスピーカから再生されるので「エコー」のように聞こえます。 これが音響エコーです(通信回線の遅延もあります)。
音響エコーがあると話者は話し難くなります。音響エコーをなくすにはどうしたら良いでしょうか?
原因はスピーカから再生された音声がマイクで収音されることにあります。 収音した信号からスピーカが再生した音を除去するには、スピーカから再生されてマイクに到達する信号を知る必要があります。
スピーカとマイクの間の特性を伝達特性と言い、伝達特性は一般に「インパルス応答測定」によって得ることができます。
スピーカとマイクの間の伝達特性が分かれば、相手側から伝送された音声信号にこの伝達特性を与えることによって、スピーカから再生されマイクに到達した信号を得ることができます。
しかし、伝達特性は動的に変化し続けているため、一度の測定で対応することはできません。
そこで、適応制御によるシステム同定という手法を用います。
システム同定とは、伝達特性の分かっていない伝達系に既知の信号を入力し、その入力信号に対する出力信号からその伝達系がどのような特性であるかを推定する技術です。
システム同定には適応フィルタが用いられます。 適応フィルタは通常FIRフィルタによって構成されます。
適応フィルタは以下のような構成となります。
適応フィルタはその出力を目標とする信号に近づけていく機能をもったフィルタです。 上の図では、入力信号x(k)がスピーカから再生され、マイクで収音された信号が目標とする信号d(k)となります。
適応フィルタは目標信号d(k)と自分の出力信号y(k)との差分信号(誤差信号)e(k)のパワーが最小になるように自分自身の特性を調整します。
誤差信号e(k)のパワーが最小になったとき、適応フィルタのフィルタ係数は伝達特性の分かっていなかった伝達系の特性を表すことになります。
仮に目標信号d(k)と適応フィルタの出力信号y(k)の差分が0であれば、y(k)=d(k)となりますので、適応フィルタの特性と伝達系の特性は同じものになるはずです。
スピーカやマイクの位置が変わる(経路変動と言います)と目標信号d(k)が変化します。 適応フィルタはその変化に追従して誤差信号e(k)のパワーが最小になるように自分自身を調整します。
このように適応フィルタを用いることによって伝達特性の分からなかったシステムの特性を同定することができます。
適応フィルタの特性の調整方法を「適応アルゴリズム」と言い、様々なアルゴリズムが考案されています。
適応フィルタを用いれば、部屋の特性を含んだスピーカとマイクの伝達特性を推定することができます。
伝達特性が推定できれば、相手側の音声信号にその特性を与えることによって、その音声信号がスピーカから再生されてマイクに受音されるであろう信号(エコー成分)を推定することができます。
エコー成分をマイク受音信号から減算すれば相手側にエコー成分が伝送されることを防ぐことができます。 この様子を示したのが下の図です。
適応フィルタがない場合は、エコー成分が戻ってきてしまいますが、適応フィルタを挿入することによってエコー成分を除去することができます。
エコーキャンセラーはこのように適応フィルタを利用して音響エコーを除去する機能として使用されています。
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