AVアンプなどの残響のシミュレーションでは、 音響シミュレーションや実際のコンサートホールや映画館の音響測定の結果から反射音の到来方向、 強さ、残響時間などを分析し、信号処理によって音場合成が行われます。 分析された残響時間に相当する残響音をリバーブレータによって生成します。
リバーブは、空間的な広がりを持った音響効果である必要があります。 ここまでは、1チャンネルのシグナルフローのみで話を進めましたが、実際には、初期反射音やリバーブには ステレオやサラウンドの広がり感を伴う設定が必要です。
チャンネル間の反射音の関係が無ければ、反射音に広がり感は生まれません。 各チャンネルの直接音の入力はリバーブ出力には、別のチャンネルからも反射音が発生することになります。 シュレーダーのリバーブを各チャンネルに等しく持たせても、複数チャンネルによる広がりは生じません。
実際の音場では、色々な方向から反射音が到達します。
そこで、まず、任意に設定可能な初期反射音を各チャンネルに独立させ、到来方向へのステレオ(サラウンド)定位をするようにします。
再生環境がステレオ(2ch)の場合は2ch間の定位(レベルによるパンポット)、 サラウンド(マルチチャンネル)の場合は複数のチャンネル間で空間的に定位するようにします。
コムフィルターによる残響音も同様の手法を用いたいところですが、 コムフィルタでは、特定の反射音を生成していないため、初期反射音のような定位はできません。 さらに、時間やゲインを異なる状態にすると偏った残響音になるため同一の音場にならなくなります。
しかし、1つの残響音を複数のチャンネルに均等に分配しても、広がりは得られませんので、何らかのチャンネル毎の差が必要になります。
そこで、残響音を複数のチャンネルに分配するときにチャンネル間の相関が低くなるような処理を行い、 残響音が空間的に拡がった印象になるような処理を行います。
入力音のプリディレイでレベル差や時間差を作り出したものをそれぞれリバーブブロックで処理したり、影響の出ない範囲でチャンネルごとのコムフィルタやオールパスフィルタの 設定に変化を与えることも考えられます。
コムフィルタ型の場合には、広がりを作る点においても、メーカーの考え方やキャラクター性が生まれるところと言えそうです。
シュレーダー方式は、直接音、初期反射音、残響の各要素を個別に制御することが可能です。 楽器用エフェクタの代表的な制御パラメータには、以下のようなパラメータが設けられています。
コムフィルタのフィードバックゲインを変更することで残響時間(RT60)を任意に設定することができます。
残響の開始時間を任意に設定することができます。
初期反射音の時間と間隔を調整します。初期反射音の到達時間が変わることによって部屋の広さを表現します。
コムフィルタやオールパスフィルタの段数やミックスゲインを変えることで反射音密度を制御できます。
コムフィルタのフィードバックにローパスフィルタを挿入することにより、壁面の反射と空気吸収による高域減衰を 表現します。
実音場では壁面の反射と空気吸収の影響で高域になるにしたがって残響時間が短くなる周波数特性をもちますが、 エフェクタではHighDumpやHighRatioと呼ばれるパラメータで調整 できるようになっています。
直接音、初期反射音、後部残響音のレベルを個別に制御してミックスバランスをどのようにも変更できます。
シュレーダーの方法は巡回フィルタを多段に構成することで比較的容易に残響を生成できますが、 実際の音場に近づけるために工夫がされています。
シュレーダーの基本構成では実音場に比べて反射音密度が低いと言わざるを得ません。 これはコムフィルタやオールパスフィルタの段数を増やすことである程度増強できますが限界が あります。
マルチタップディレイの加算出力をリバーブへ入力したり、リバーブの出力を マルチタップディレイに入力することで反射音密度を増強する方法もあります。
各フィルタの遅延時間の選択がリバーブの音質に影響しますが、 これには「互いに素な値にする」という以外に明確な基準がないのが現状です。 前述のようにエコー感の少ない綺麗なリバーブを得るには試行錯誤や人海戦術に頼らざるを得ない面も否定できません。
リバーブの設計時には、コムフィルタなどのソフトウェア編集ツールをあらかじめ作成してパラメータの開発を可能にします。 この編集ツールにおいて、素数化などのある程度の開発支援は必須になります。
ステレオリバーブ化するには残響時間が同じで左右の相関の低い2つのリバーブを作り出す必要が あります。これはコムフィルタとオールパスフィルタの遅延時間が異なるリバーブブロックを もう一組用意することで比較的容易に実現することができます。しかしこれでは倍の演算量が 必要になりますので、演算量を増やしたくない場合は1系統のリバーブ出力を2系統のディレイや マルチタップディレイに入力することで相関を低下させた2系統のリバーブを作り出しています。
最近では後述するサンプリングリバーブと呼ばれる実音場のインパルス応答をそのまま畳み込む手法もありますが、 発表から40年以上経過したシュレーダーの方法は容易に残響を生成できる手法として、現在でもカラオケ装置やAVアンプに用いられています。
次のページでは、FIRフィルタを使ったインパルス畳み込み型について記します。