ヒアリングや音響測定によって十分実態を把握することができない場合に、 音響シミュレーションを併用することで、 問題エリアを予測することに役立つことは前節に述べた通りです。 ここでは、改善するための検討作業において音響シミュレーションを利用することで、 改善検討の効率と確度を向上することについて述べます。
音響シミュレーションは、防災無線放送の放送エリアの計算モデルを作成して計算します。 地形、建物、子局の位置やスピーカの方向を入力した立体のモデルを作成します。 予測に利用するモデルは、現在の状態を反映したモデルですが、 このモデルに仮想的な子局の追加や、スピーカの方向を変更して再シミュレーションを実行することで、 検討中の施策の効果をシミュレーション予測することができることは改めて説明するまでもありません。
調査段階でシミュレーションを利用している場合には、 モデルを変更して検討する作業は少ない作業になることもまた自明です。
「聞こえない」問題は基本的に音が十分な音量で到達するようにするということに尽きますが、 「うるさい」問題は「聞こえない」問題と関連して発生しており、 「聞こえない」問題を解決するために単純に音量を上げるような方法を採れば、 新たな「うるさい」エリアを作り、問題を拡大することになります。
そのため、問題の解決には、両方の問題を同時に検討する必要があります。
「c聞こえない」「うるさい」という防災無線放送の音達問題の改善のため可能な施策は、 子局(スピーカ)の配置や調整による2つの手法に集約されます。
一般に防災無線放送の回線は、複数の子局をまとめて地域ごとにグループ化されている音声系統とされており、 グループごとの入切や送出音量は可能であっても、子局のそれぞれを放送局(送信側)で制御、調整するようにはなっていません。 実運用も全地域に対する放送が、ほぼ全てといっても良いので、単に音量といえども、 放送局で音達の調整をするという方法は考えにくい状態です。 無線の回線を子局のスピーカごとに独立させることや、その調整操作機が必要となるなど、 デジタルであっても簡単には採用されそうにありません。
従って、防災無線放送の音達問題は、問題の性質を問わず、子局で対策を講じることになります。
子局に対策をする場合にも、子局に取り付けられている複数のスピーカの音量を 個別に調整できるようになっておらず、子局ごとに一括したボリュームとなっている場合は音量調整だけでは スピーカごとの対策はできません。
「聞こえない」要因には、遠い、建物の遮音、騒音などの要因が挙げられました。 何れの場合にも有効な手段は、実は、より近くや適した場所に子局を新設することに尽きます。
すでに述べたように既設子局の出力をより強化するという方法は、 「うるさい」問題をより深刻化するため、採用しがたいことは当然ですが、 建物による遮音は、既設子局をどう調整しても解決できません。
子局の新設は、設置場所が制限される問題を含んでいるため、設置場所の選定が難しいということは考えられます。
制約下において新設子局が効果的に機能することを検討するために シミュレーションを利用して設置場所やスピーカ方向を検討します。
スピーカを分散配置することは、「うるさい」問題の解決にも関連します。 子局は「聞こえない」ために追加するのみではなく、 新設と既設子局によってより狭い放送範囲を分担するようにバランスさせることで、 既設子局の出力を下げる方法が考えられるからです。
スピーカの分散配置の手法は「聞こえない」「うるさい」という音達問題を総合的に解決するための最も有力な手法です。
スピーカの方向を変更することを検討し、問題の解決に当たることができます。 既設局の方向が現在の地域の建物や地形の状況に適さなくなって来ている場合や 問題が発生するようになっている可能性が考えられます。
スピーカの方向や角度を最適化することで問題の改善が可能かもしれません。
また、新設の子局と分散する場合にも、 スピーカ方向を変更して分担エリアを分散することが考えられますので、 スピーカ方向の検討は、子局を分散配置する場合にも、それぞれの分担エリアを検討する上で必要になります。
公園などにポールで建てられている子局のスピーカはおおよそ水平方向に向けられ、 あまり角度の検討の余地がないかもしれませんが、 高い建物の屋上に設置されているスピーカなどは、 方向と共に角度の検討は有効な手段となるかもしれません。
しかしながら、既設局の方向や角度を変更すると現在そのスピーカの音が伝達している場所が 「聞こえなく」なる可能性があるので、他のスピーカの音圧と併せて変更の可能性を検討する必要があります。 そのため、方向や角度の調整は、周辺の複数の子局、スピーカの複合的な変更となる可能性が濃厚です。
ここで述べた分散配置やスピーカの変更・調整は、効果の検討は難易度が高い作業です。
建物の影響や高さの影響は、地図や平面図とスピーカの指向特性図のみで十分な検討することはできません。 既設子局を調整して放送エリアを変えるという提案は、 従来問題のなかった場所が「聞こえなく」なる可能性があるため、 変更後の音達が確度をもっての予測できないと受け入れることが難しくなります。
コンピュータ・シミュレーションを利用することで、 難しい地形や建物、高さの影響を考慮し、変更後の予想をエリア図で可視化するため、 新設や変更の影響が予想できる提案が可能になります。
これまで述べたように、防災無線放送の音達を最適化するには、音響シミュレーションを利用して、 従来は十分できなかったような音達状況の分析や改善検討を高度化することが不可欠であるとARIは考えています。 シミュレーションを活用し、制約下での理想により近い子局の分散配置やスピーカの調整を行うことで、 音達の改善の可能性が大きく拡大します。