コムフィルターによるリバーブ生成は、シュレーダー(Schroeder)が考案したアルゴリズムをベースとしています。 コムフィルタ(Comb Filter)とオールパスフィルタ (All-pass Filter)の巡回フィルタを多段に組み合わせたアルゴリズムです。
このアルゴリズムは時間遅延された信号を帰還することが基本となります。
* Manfred R. Schroeder, "Natural Sounding Artificial Reverberation",
J. Aoudio Eng. Soc., vol. 10, p.219 (1962 July)
コムフィルタは、右図(a)のブロックのように遅延した信号に1より小さいゲインを掛けてフィードバックすることで 入力信号が減衰しながら一定周期で繰り返し出力されるフィルタです。
コムフィルタにパルスを入力した時の出力は右図(b)のようになります。
フィードバックのゲインと遅延時間で残響時間が決定され、次式で表されます。
この式から所望の残響時間の減衰となるゲインは、次式となります。ここでの残響時間とはRT60です。
周波数特性は右図(c)のようなくし歯型の特性となり、特異な音色の残響音となります。 この処理はフィードバック付きのディレイそのもののシグナルフローです。 ディレイ時間を短い値で使うため、櫛フィルターの特性になります。
オールパスフィルタも入力信号が減衰しながら一定周期で繰り返し出力されるフィルタですが、 コムフィルタとは異なり、周波数特性がフラットになる性質を持ちます。
ブロックは右図(a)となります。オールパスフィルタによる反射音の時系列は図(b)のように なります。
コムフィルタと同様にフィードバックのゲインと遅延時間で残響時間が決定され、次式で表されます。
この式から所望の残響時間の減衰となるゲインは、次式となります。
シュレーダーはオールパスフィルタのみを多段に組み合わせたリバーブ生成法も考案しています。
シュレーダーは下図のようなコムフィルタとオールパスフィルタを多段に組み合わせたリバーブ生成法を考案しました。
シュレーダーのリバーブ生成ブロックのインパルス応答をプログラムにより求めてみます。 残響時間を2秒、サンプリング周波数を48kHzとします。各フィルタの遅延時間についてシュレーダーは 以下のように選定しています。
コムフィルタ: | 30〜40msec |
---|---|
オールパスフィルタ: | 5msec、1.7msec |
ここでは4つのコムフィルタの遅延時間をシュレーダーの指定している範囲から以下のテーブルの値を設定します。
コムフィルタのゲインは残響時間と遅延時間から上式で算出した値を設定し、オールパスフィルタのゲインはシュレーダーが指定しているように共に0.7を設定します。
全てのパラメータは以下のテーブルのようになりますが、遅延時間はサンプル数で扱います。 並列に接続したコムフィルタは比較的長い周期で繰り返す反射音列を生成し、 直列に接続したオールパスフィルタはコムフィルタの出力した反射音の密度を増強する働きをします。
残響時間 | 2.0 秒 |
---|---|
サンプリング周波数 | 48 kHz |
コムフィルタ遅延 |
τ1:39.85 [msec] (1913 sample) τ2:36.10 [msec] (1733 sample) τ3:33.27 [msec] (1597 sample) τ4:30.15 [msec] (1447 sample) |
コムフィルタゲイン |
g1:0.871402 g2:0.882762 g3:0.891443 g4:0.901117 |
オールパスフィルタ遅延 |
τ5:5.0 [msec] (241 sample) τ6:1.7 [msec] (83 sample) |
オールパスフィルタゲイン |
g5:0.7 g6:0.7 |
このリバーブ生成法によるインパルス応答を示します。 下図上段が4つのコムフィルタのインパルス応答、 中段がオールパスフィルタを含めたインパルス応答、 下段がエネルギー減衰カーブと算出した残響時間です。
オールパスフィルタによって反射音の密度が増強されており、 エネルギー減衰カーブから残響時間が設定した2.0秒になっていることが判ります。
各フィルタの遅延時間の選択は重要で、リバーブの音質に密接に関係しています。
遅延時間が公倍数を持つ関係の場合、コムフィルタのピークが重なるため特異な共振音が発生します。 これを避けるためには遅延時間が互いに素な関係である必要があります (上記の遅延パラメータもサンプル数で素数となる値にしています)。
遅延時間を素数にすることでピークの重なりを避けることができますが、どの素数を組合せるかでもリバーブの音質が変わってきます。 どの素数の組合せがくせのないリバーブになるかは、試行錯誤によるところが大きくゲイン計算のように公式化できません。
またコムフィルタのフィードバックゲインを負(マイナス)にする場合もあります。ゲインを負にすることで フィードバックする毎に反射音の位相が反転し反射音が上下に生成されるようになります。
このように、コムフィルタの時間とレベルの比率は、各メーカのノウハウ、製品キャラクターになっています。
コムフィルタとオールパスフィルタのブロックは、残響音を生成するものですので、実際には次の図のように初期反射音を生成する マルチタップディレイと組み合わせて用いるのが一般的です。
残響の初期反射音は、音圧レベルが高く、遅延時間の構成も音場の特徴的な要素になっているため、 マルチタップディレイのブロック(E/R)を加えることで残響音ブロック(comb,APF)の係数設計とは独立にシミュレーション的に反射音を生成することが必要になります。
初期反射音は表現したい音場(コンサートホール、スタジアムなどの音場モード)を特徴付ける重要な要素となります。 音場の雰囲気を醸し出すのは初期反射音であり、残響音は味付けと言っても良いかもしれません。
シュレーダー方式を利用する音響機器(AVアンプなど)の開発メーカーは、音場シミュレーションや実測から初期反射音の遅延時間、レベルを算出して、初期反射音データとしています。
代表的な音場モード(リバーブタイプ)と初期反射音、残響音の設定例を以下に挙げてみます。
ラージホール | 初期反射音が長め、残響音が長い。 壁や天井が乱反射するように設計されているため、綺麗で密度の高い反射音になる。 |
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スタジアム | 初期反射音は、距離があるため長め 形状は、円形など等距離の壁も多く、音が回りやすく、やや特徴のある残響音 |
ルーム | 初期反射音は短く、壁も少ない形状(長方形)が一般的なので、特定の周波数で共振に近い特徴の残響音。 残響音のレベルを高く、減衰を長くすると反響の大きいバスルームのような音になる。 |
実際の製品などで耳にするリバーブは、シミュレーション的性質が強い場合には、初期反射音の比重が高く人為的な残響音の比重が低くなります。 また、色々と応用的にディレイやフィルターが追加されている場合があるため、実際の音の作り方は様々です。
次のページでは、ステレオ、サラウンド化、パラメータ制御について記します。