「聞こえない」(難聴エリア)と「うるさい」(過大音量エリア)などの防災放送の音達問題は、 いくつかの要因によって発生しています。 問題の解決のためには、これまでに述べたような調査や測定によって実態を把握することと、その結果から要因分析や状態の診断が必要です。
防災無線放送の音達問題への取り組みは、問題の発生している実態を知ることと、 その分析、診断、改善策の検討、施策の実施、効果の確認、測定というプロセスが必要になります。
「1.実態を知る」に関するヒアリングや音響測定による実態調査については、 すでに述べましたので「2.診断・分析」音達問題の要因分析や診断に進めます。
防災無線放送の「難聴」には、 「聞こえない」「うるさい」「判らない」(不明瞭) という問題全てが含まれますが、 ここでは便宜上、「聞こえない」場所を難聴エリア、 「うるさい」場所を過大音量エリアと問題を分類します。
放送が「聞こえない」要因は、大きく分けると2つのタイプのいずれかに集約されます。
十分な音量が到達していない問題は、子局(スピーカ)が遠い位置に設置されている場合や、 建物の陰になり遮音されている可能性が考えられます。
現在の防災無線放送の子局は設置場所が制限されているといえます。
民家の庭に子局を立てるということは中々同意を得られませんし、 メンテナンスの作業上、立ち入ることが制限される場所には設置できないので、 自然、自治体自身が所有する公共の場所や協力関係が取りやすい、 自治体庁舎や学校、消防、警察などの建物や敷地を中心に、 民間の協力を得られる大型の建築物などが主な設置場所、条件となっています。
そのため、子局は理想的な配置というわけには行かず、 設置場所は偏りや住宅などから遠距離に設置されている子局のみとなる場合もあります。 住宅地に近い場合には「うるさい」という問題も発生しますので住宅地の近くを回避し、 意図して離されている場合もあるかもしれません。
経験的にご存じのように音は発生源からの距離が遠くなると音量が下がります。 音の伝搬は、物理的に「音圧は距離の二乗に反比例して減衰する」という特徴を持ちますので、 距離が遠いとかなり音量が下がった状態になります。
スピーカには指向特性があるため、その向きによっても十分な音量となる範囲が変わります。
ホーン形状のスピーカの形状からも想像される通り、 ホーンの方向に強く音が発せられるようになっていますので、 距離が近くてもスピーカが向けられていない方向は音量が小さくなります。
防災無線放送のスピーカは、大きな出力で遠くまで放送するように設置されているものが多いため、 スピーカの方向は角度がわずかに違うだけで、 遠方の音量が大きい場所と小さい場所は大きく変化します。
スピーカ(子局)と放送を聞いている場所には、高さ方向の距離も存在します。
通常、平地にポールで建てられている場合には 15mほどの高さにスピーカが設置されていること一般的ですが、 高層建築物の屋上に設置されている子局は、 高い位置にスピーカが取り付けられているため、平面上の距離より離れた場所になります。
スピーカの特性も、大まかに単純なイメージとして言えば、 ホーンの方向に立体的に円錐状の形に放射をしています(厳密には円錐ではありませんが)。
高い位置に設置されたスピーカと低い位置に設置されたスピーカでは、 スピーカの特性からも平面距離での位置関係のみにとどまらない差が生じます。
子局のスピーカと聞いている位置の間に高い建物などがあると、 建物に遮音されて直接音が届きません。
音は反射や回折によっても伝搬はしますので、 間に建物があると全く聞こえないわけではありませんし、 近い子局の音が遮音されて聞こえなくても、 別の遠い子局からの音が小さな音量で聞こえている場合もあります。
しかし、建物の遮音によって直接音が届かない状態は、 中高層の建物が多い市街地での「聞こえない」問題の大きな要因となります。 高い建物が林立する市街地では、放送音声は建物の間の道路を通りぬけた音や、 建物に反射して伝搬する音のみが歩道などで聞こえています。
建物の影響は、新たな建物が建てられると関係が変化しますので、 設計時や以前の調査では良好な放送状態が得られていた場所であっても、 数年後には建物が建設された影響で聞こえなくなる問題が生じる可能性があります。
「うるさい」、過大な音量の問題は、 「聞こえない」とは反対に近い場所でスピーカから大出力の放送がされていることに起因することがほとんどです。 建物による反射音の影響で過大となるケースも原理的には存在しますが、 一般的に「うるさい」と問題にされる場所は、 住宅の近くに子局があり、大きな音で放送されているケースです。
遠い場所でも聞こえるように、スピーカからの音量を上げて音量の低くなる場所を優先すると、 近い場所では過大な音量となります。
先に述べたように防災放送の子局は設置場所が限定されているので、 限られたスピーカを大出力にして遠くまで聞こえるようにされていることが多くなります。
従って、「うるさい」問題は、「聞こえない」問題とは 相反する関係にあるかのように考えられますが、 防災無線放送に必須となる「聞こえる」ことを優先すれば、 「うるさい」は多数の利益のために必要悪として我慢すべき問題とされやすい傾向があります。
また、近年の建築物は防音性が高い建物も多く、 屋内で放送が聞こえる音量は、住宅の防音性の差が大きくなっています。 在来の木造住宅などでは「うるさい」と感じても、 高層住宅では「聞こえない」という具合に地域住民の問題意識に差が生じていることも、 「うるさい」問題に取り組む上で障壁となる場合が考えられます。
自治体が積極的にヒアリングなどの調査を行ったとしても、 地域住民の声が一様とはならず、それ以上の行動を起こすことができない可能性すらあるからです。
これまで述べたような難聴エリアや過大音量エリアの要因を考慮し、 防災無線放送の放送エリア(地域)の現在の状況を検討可能な状態にすることが 診断、分析の作業です。
コンピュータ・シミュレーションを利用することで 音響測定の実測されている場所以外にも問題がありそうな場所が予測できます。
問題のあるエリアは俯瞰的に見ることで判明し、 要因の分析は局所的に詳細に計算結果を見ることで、 改善策を検討するにあたって関係する子局を推定し、 スピーカの方向や建物の影響などの要因と改善の可能性を診断できるようになります。
続いて、診断から改善の検討作業に進みます。