防災無線放送の音達問題の解決のために、コンピュータによる音響シミュレーションを利用すると、 検討作業の作業性と精度を改善することができます。 ここでは、現在、ARIが実用している市街地モデルでの音響シミュレーションの利用と利点について簡単にご案内します。
コンピュータによる音響シミュレーションの技術は、 幾何学的な計算と音響工学上の知見によって計算されるものです。 シミュレーション結果を得るためには、 音場の立体的な形状(数値的な3Dモデル)と音源(スピーカ、子局) の空間上の位置が必要となります。
防災無線放送の放送エリアは自治体の地区全域、市街地もあれば山間部もあります。 地形の立体的な数値化と、建物の位置、形状、高さを3Dの空間として計算モデルにします。 広く多数の建物が存在する実際の地域をモデルは大規模な数値モデルです。
子局を街のモデルの中に配置し、スピーカの方向と角度、種類、出力レベルを設定すると、 シミュレーション計算の準備ができます。
子局の位置や個々のスピーカの方向や取り付け角度が、不明な場合には調査の上、 データ化します。スピーカの方向や角度が必要となる理由は、 スピーカが音響的な指向性を持っているため、 スピーカの向きによって指向性を考慮した音圧を計算するためです。
地形や建物には反射の特性(吸音率)を設定します。 音が反射する時には、材質による反射の特性が異なるためです。
商用施設の屋内のシミュレーションの場合には、 壁面や屋根、床など材質の異なる場所には全て材質ごとの吸音率を設定するのが一般的ですが、 街のシミュレーションでは、一括して吸音率を設定しています。
建物の音響シミュレーションでは、 スピーカの配置の他に、壁面の材質の違いによる反射の違いを検証する目的もあり、 壁面の材質や形状を変えてみるということも行われるわけですが、 防災放送のシミュレーションでは、 建物の形状を変えて壁面材質を変えてみるなど、 現実にできないことを検討する意味がありませんので、 当然、シミュレーションによる材質や形状の検討は行いません。
また、全ての建物の詳細をモデル化して建材の材質を設定するということは、 コスト的にも適切な計算条件とは言えないため 計算結果に与える影響が大きくないファクターや、 対コスト的に見合わない問題は、許容すべき誤差と見做します。
このような根拠から建物や地形などはモデルや材質を簡略化しています。 この防災放送のシミュレーションは「聞こえない」放送エリアを解決するのが目的です。 高品位な音響サービスを目的として建物の設計を行う商用施設のシミュレーションとはこの点が異なります。
これらのモデル化と設定が完了すると計算が可能になります。 得られる計算結果は、人の高さにおける各所の密な音量(音圧)分布を 地図上に可視化したものなどです(音圧エリアマップ)。
音響シミュレーションを実行するための準備は簡単に述べると前項のようになりますが、 街の規模でのモデル化は規模も大きく設定すべきデータも大量です。
スピーカの取り付け状態の調査が必要になる場合もあります。 そこまでの手数をかける利点はどのようなものかを理解し、計算結果を効果的に利用しなければ、 計算することが目的になってしまいます。
3Dモデルによる音響シミュレーションの計算結果は次に挙げる特徴、利点があります。
高台や傾斜地、堤防など地形によって放送の音波の伝搬は影響を受けます。 一般に防災無線放送の放送エリアの検討は平面図、地図で行われますが、 立体的な地形の影響を的確に人が判断するのは容易ではありません。
放送を聞く住居や人のいる高さも地形の影響を受けるため、 スピーカと聴取位置の高低差による距離の影響は複雑です。
スピーカの設置されている高さも様々なため、 スピーカの高さや取り付け角度がつけられている場合には、 その影響も考慮する必要があります。 音響シミュレーションは3Dの地形モデルで計算した結果ですから、 坂や高台、堤防などが入り組む複雑な形状の地域について人が予想するよりも的確なヒントが得られます。
例えば、スピーカの向いている正面に中高層の建物が存在していると、 音は直線的には到達することはありませんし、 建物の壁面で音が反射して伝搬し、実際の市街地の音達を予測することは容易ではありません。
市街地の建物は多数あり、建物は先に述べた高低差のある地形の上に立てられています。 建物による影響を地図で見て人が予想するのは容易なことではありません。
建物の形状と高さをモデルとして計算した音響シミュレーションの計算結果には、 建物による遮音や反射が反映されることが大きな利点です。
建物、街区は年々変化し、都市計画の見直しなどで中高層のマンションやビルへの建て替えや、 宅地造成などによって住宅地が広がるなど、 子局が設計・設置された時と周囲の建物の状況が変化したことによっても、 難聴エリアが生まれるケースもあります。
建物が変化した場合にも音響シミュレーションの建物のモデルは更新して再計算することも可能です。 その際、子局スピーカの設置状態に変化がなければ、 スピーカの情報や地形モデルはそのまま再計算に利用できます。 継続的に利用した場合、以前のシミュレーション結果と比較することも可能になります。
スピーカには指向性があり、スピーカの向いている方向に強く音を放射しています。 スピーカの向いている方向によって子局の分担している放送エリアの音圧の分布は変化します。
音は建物や地形によって反射します。 音の反射の影響を考慮することは単に建物の影響や地形の影響を考慮するよりさらに難しくなります。
防災無線放送のスピーカは、大きな音を出して遠くまで届くように配置されているため、 隣接する子局同士の音が複数到来する場所ができる場合もあります。
このような複数の子局の音や反射した音が聞こえることは良い場合も悪い場合もありますが、 複合的な影響について、シミュレーション計算を使わないで検討することは不可能です。
数値解析やシミュレーションのような計算には、 必ず、現実とは異なる部分や誤差が生じますから、 計算結果を実測値であるかのようにみなすのは問題がありますが、 計算結果と実測値を併用して計算結果の期待値が共用範囲であることが確認できれば、 計算結果は実用可能な予測値として、有用に利用できます。
現実と物理モデルには差があり、 計算の条件の与え方によって精度や結果が変わります。 建物の外壁の細かな部分や材質、街路樹や公園、民家の樹木など計算のモデルには含めない条件も 現実には影響があるはずですが、 木の葉の一枚一枚、草の一本、路傍の石までをモデルにすることはできません。
数値解析は使い方によって有用性が大きく変化する性質のある技術です。
ここまで述べたように音響シミュレーションによって 音量の大きい(うるさい)場所や音量が小さい(聞こえない)場所が、 広い範囲にわたって地形や建物の影響を考慮した計算結果として視覚化されます。
シミュレーションの計算結果は、 従来、地図上で人が平面的に予想していた手法や 限られた場所の音響測定結果による推測では不可能であった予測が可能になります。
音圧エリアマップは、音響測定による実態を定量化するための測定ポイントを選定する目安として有用に利用できる可能性を持ち、 制約条件などから測定不可能な場所の予測や、 コストなどから実現不能な広範囲にわたる予測結果として利用できます。
音響測定の結果が、測定点の条件や特徴の理解と分析を必要とするように、 シミュレーションによる計算結果も、 これまで述べたように計算条件や近似が存在しているため、 計算結果を正しく理解し、分析する必要がありますが、 実測やヒアリングなどでは得られない予測、参考値です。
ARIは、このようなシミュレーションの利点から、 防災放送の改善にシミュレーションを利用すべきだと考えています。